« 2017年4月 | トップページ | 2017年6月 »

2017年5月

見解の相違

18767933_1269760119803200_806509526

口吻(ストロー)をクルクルと丸めて

18700697_1269760123136533_100549661

アサマイチモンジ?
梅の葉の蜜のようなものが沢山ついている。
それを吸いに来た。
羽化したばかりだと、カメラを向けても吸うことに必死

18698184_1269760126469866_617306096

この支える脚も可愛い

18740091_1269760186469860_867325404

羽を広げて

Asaichi18

ネットから借りてきた映像

で、もって…
その梅の木に殺虫剤を散布している。父ちゃん

え~~~ちょっと待ってよ!
「見解の相違」やなぁ

新緑もドンドン散髪しちゃうし…あぁぁぁぁ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

父ちゃんの畑

18556612_1260226304089915_664396022

デッカイ苺を5粒持って帰ってきた(白いのは卵)
めっちゃ酸っぱい。はようとりすぎかぁ

3日位して

18557082_1262668553845690_1813769_2

真っ赤になって5粒
でもスッパカッタ・・・

3月に孫に「いちご送るから」と確か言っていた。
チョボチョボと持ってきていたら送られへんやぁ~~~

と、数年ぶりに畑を見に行った。

18581710_1263304040448808_913121321

3株ほどに苗に数個
これでは送られへんわなぁ・・・

隣の畑のおばちゃんが(私もおばちゃんだが)
「奥さんですか?」「はい」と話し始める。
見れば、畝にいちごがぎっしりなっている。
「うちは100円の二郎苺を植えました。お父さんは500円の苗と言ってました。」
「え~~500円ですか!酸っぱいんですよ」
「我が家のは甘いです。毎日パックにいっぱい取れます」
「来年はそれにするといいですね。教えてやってください」

とは言え、玉ねぎは立派です(我が家)

18622306_1263304077115471_107322748

18619951_1263304110448801_719533582

レタスも青々と美味しいです。

18557344_1263304133782132_695444242

キャベツもそのうち持って帰って来るかも(堅そうかなぁ)

大根等々まだ植えてありました。
そうそう、うちの父ちゃん「野菜は好きではない」とおばちゃんに言っているそうです。

帰りがけ、おばちゃんに
「また来てください」と言われました。

父ちゃんの畑やから…


| | コメント (5) | トラックバック (0)

卒業

何が卒業って

ずっと通っていた大阪の皮膚科です。

掌蹠膿疱症が再発したのは3年ほど前だったかなぁ。
鎖骨、肩、腕、足も関節が痛くって、体が動かなかった。
微熱がずっと続き、38℃位の熱になることもあった。
膿疱はひどくはならなかったがチョボチョボと出ていた。

関節炎は自己免疫疾患で関節を攻撃しているのか。
血液検査で攻撃数値と言うのかめっちゃ高くなっていた。
(間違っているかもしれません。でも一つの数値が異常に高くなっていました。
炎症数値も高かったです。)
どうしていいか、わからず…
医者はビオチン(掌蹠膿疱症に効果あると思われるビタミン)を日に4回飲むように
それでだめなら、違う薬を処方しますと(強い薬と思う。ステロイドが有効とかきく)
強い薬は飲みたくない…とかなり我慢したが…

一ヶ月ほど4回飲み続けたか。
おさまってきた(薬の効いたのかはわからない)
日に3回にになり、2年ほど通ったと思う。
最近は関節炎も膿疱もなくなったいました。

ビオチンを2回にして、そして今回、1回になって
「このまま何もなかったら、来なくていいでしょう」医者に言われた。

今回の診察はもう行かないでもいいかなぁと考えたりしました。
少し前から自分の判断でビオチンもやめていました。
でも、以前も勝手にやめて再発しました。
再度、医者に訪れた時「勝手にやめると再発することがあります。」と言われた。

「来なくていいです。」と言われた。
卒業です。

18556675_1261716093940936_464597995

トマトラーメンです。
いつも、医者にくるたび、この中華を食べるのを楽しみしていました。
ここで、友達もできました。

今回は食べ納めかなぁ。
卒業しましたから。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

ひとくぎり

2017.5.9 姉の納骨に行ってきました。

発病したのは5年ほどまえのことだったかなぁ。
「唾が出ないので話せないの・・・」と呂律の回らない口調で電話かけてきた。
最初は歯医者に診察に行ったようです。

2013年の10月に東京芸術大学美術館に、興福寺創建1300年記念国宝 興福寺仏頭展観覧して、不忍池まで散策しました。
そうそう、学食を食べたのです。ってことは食べることも普通でした。
(これが最後の姉との遊びになるのかなぁ。)

その翌年の9月に検査入院(大学病院にて)
血圧の薬をもらっている町医者から「一度脳を見てもらうように」と言われ、総合病院にて脳神経科の先生と巡り合ったようです。
その先生が大学病院からの派遣で来ていて、大学病院での検査入院をすすめたそうです。1週間程度だと思ったのですが、一ヶ月を要しました。
離れていることと、その頃は筆記で伝えることが多く、話すことは殆どできず、電話も無理、メールもできない姉と連絡の手段がない。
もう一人姉がいます。(病気の姉から見ると妹)がいて、その姉が病院のことをしてくれてました。何を検査しているのか全然わからず…検査結果もわからず…
退院するとき、「1%の神経伝達のしていないという結果がでました。それがALS( 筋萎縮性側索硬化症)と言う病気であるということかは、まだわかりません。でもその可能性もあります。」と医師に言われたそうです。
検査を受けている間、病気の姉はALSでもあるかもしれないと暗示されたと思うのですが…報告のない私にすれば、10万人の一人の難病に姉がなるとは信じられず、きっとストレスから脳の障害を起こしていると解釈していました。病気の姉も「そうだね」と答えたと思います。(そう答えたかったのかもしれません。)

退院してスマートフォンを買いに付き合った時もよく歩きました。
大きなケーキを美味しそうに食べていましたが、その頃には液体が飲めず、頼んだコーヒーが口からこぼれていました。

総合病院で経過観察と言うことで通院、兄(長男79歳)が医者に経過をききに同行してくれました。帰りに上京中の私も待ち合わせ、姉の好きな寿司を(小さく分けて)食べていました。多分これが大好きな寿司を食べた最後かも…

食べるものが取れなくなった頃、ASLと診断がくだりました。(兄が強く言ってくれたみたいです。)ただ、病状の進行はその人それぞれ、この状態が何年も続くかもしれないとも言われたと兄から報告受けました。
この頃からヘルパーさんが入っていました。
ヘルパーさんが入るので大掃除しに行ったのを思い出します。

ドロドロ食と言うか、トロミがあるスープ上の物が食べやすかったようです。
何もかも入れて、茶色のスープを作って、朝、昼、晩、同じも食べ、流動食の栄養缶詰も栄養補給で飲む?食べる?フリージングの仕方を教え、ミキサーを買って、一つずつ、セッティングして食卓を楽しくしようよ。と提案してみましたが、手足が動いてもだるさがあったのかなぁ…
2014年9月に胃瘻を自ら選びました。

胃瘻の準備(手術)するために入院、その間に外付け階段が危険(2階に住んでいました)一階で車椅子の入れる住居に引っ越しの手配を、大変だったなぁ。
新しい住居で新規一転(心機一転)と思ったのだが…
ドンドン体が動かなくなり、微熱も出て、病院へ舞い戻る。
2回ほど入退院を繰り返し、介護体制を整えたがうまくいかず…

2014年10月には、もう一人の姉の近所の施設に入所
その時は、指が少し動いていた。(文字は書けたかなぁ?)
有料施設でしたが、みな親切で優しく受け入れてくれました。
コミュニケーションツールで指だけで文字を書くことができるデジタル機器を手配したり
障害者、難病、介護指定を行政に手続するのを、姉と兄が疾駆八苦していました。
指も動かなくなり、ナースブザーを頭を少し動かすと鳴るものに変える時も、手続きが大変と言ってました。そんな思いで、揃えた機器もすぐ使えなく…
ケアーマネジャーさんが文字盤使って、話ができる。コミュニケーションはそれだけになり。
上京して一人で施設を訪れる時は、私はそばで本を読んで過ごす。
胃瘻が2回、洗面、寝返り、リハビリと、1日にいろいろと介護の人が訪れるので、リズムはあったような気がします。介護ってすごいなぁと思ったものです。

そういえば、胃ろうをした頃から、テレビをみなくなり。本も読まず…
兄がCDを持ってきたりしていましたが興味は示さなかったです。

いろいろ問題はありましたが2015年3月頃まではその状態で時は流れました。
確か腸閉塞が起きたと、施設付きの医師の病院に入院。
この状態では長くないでしょうと言われ…覚悟したのですが
脱したのです。生きる力が姉にはあったようです。
でも施設に戻ったとしても、医療機器のない施設では、また入院になるのでは…
医療型施設(療養型施設)を探し、入所することになりました。

医師が変わり、対処が変わり、腸閉塞もなくなり(胃瘻の回数が多かったと言うことも影響しているようです。3回から2回へ、1回の量も減らしました)
顔の艶もよく、やせてはいるけど、張りのある肌、目の輝きも出てきたかなぁと思ったのですが、血液の癌になっていたようです。白血球が減り、一度輸血をして改善をみましたが、改善することはなかったようです。

2016年11月に医師から「今、生きているのが不思議な状態です。明日亡くなってもいい状態です」と姉が言われたそうです。
その頃には意識も薄れ、いつも眠っているような状態でした。(私は会ってませんが)
2016年12月25日の明け方3時ごろ、息が途絶えたそうです。

姉は病気になってから「怒り」だけが頭に残ったようで…わがままな患者でした。
私たちに対しても、介護してくれる人に対しても、「怒り」を訴えていました。
そんな姉を醜いと見ていました。いつしか私の気持ちの中には「憎しみ」が湧きました。
亡くなった時、姉の顔を見ても…。「憎しみ」を思い出すだけでした。
時が解決したのかなぁ
姉と旅した場所、食した場所、あっこんなことがあったらこれは姉に報告しなくってわ。
これは姉に似あう服やわぁ~~~と思ったり。
姉のことを考え、思い出すことが苦痛ではなくなり始めました。

18342561_1255026134609932_910776882

父と母、そして祖母が入っているお墓に納骨。
なんか楽しそうに笑っているような気がします。

私はひとくぎり。
姉のことをたまに思い出し、「おーい」と呼んでみることにします。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

4月に読んだ本

4月の読書メーター読んだ本の数:5読んだページ数:1004ナイス数:60炎上する君炎上する君感想人間の心の奥にもつ、コンプレックスが妄想の世界に入り込ませたのか?何か惹かれて読んでいるということは、私の中にも得体のしれない何かがいるのだろう。知っている地名(東京)が書かれているのは嬉しいが。できれば西さんには関西弁で書いて欲しいと思う。読了日:04月30日 著者:西 加奈子
ブラタモリ 4 松江 出雲 軽井沢 博多・福岡ブラタモリ 4 松江 出雲 軽井沢 博多・福岡感想桑子真帆アナウンサーの感想がテレビでは聞くことができないので「ホぉ!」という感じでいいです。読了日:04月23日 著者:
木をかこう (至光社国際版絵本)木をかこう (至光社国際版絵本)感想木には基本の規則があります。その規則で木を描きます。上に行くほど枝を細く。木の種類によって規則は違います。「観察」が必要です(と私が思う)木も描くことができるし、木を覚えることもできます。ブルーノ・ムナーリ氏「太陽をかこう」も予約してみます。読了日:04月15日 著者:ブルーノ・ムナーリ
ふたりからひとり ~ときをためる暮らし それから~ふたりからひとり ~ときをためる暮らし それから~感想映画の最後にしゅういちさんが亡くなる。妻英子さんがその後を綴っている。不謹慎だが面白い。英子さんは前向きで強いと本では感じる。好きです英子さん、同じO型だ。ふーん夫もB型だ、が、真似はできん。映画を見て「どうせ、英子さんが亡くなったらこの地はマンションでも建つことに」と言ってしまった。謝ります。娘さんとはなこさんが肥えた土で物を作り、次の代に送ることでしょう。人ために何かする。「愉しい」ことであると教えてくれるつばた夫婦です。読了日:04月13日 著者:つばた 英子,つばた しゅういち
本日は、お日柄もよく本日は、お日柄もよく感想「苦言を呈する」発言をする政治家たちに、このスピーチの極意を読ませたい。スピーチライターが素晴らしいスピーチを作ったとしても、語る人間も心ある人ではなくてはいけないが…。この本のスピーチでは、かなり泣かされる。軽快なストーリーは原田マハさんこんな感じも書くのだと思う。読了日:04月07日 著者:原田 マハ
読書メーター

続きを読む "4月に読んだ本"

| | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2017年4月 | トップページ | 2017年6月 »