怪我

骨折しました

朗報

朝刊に「長持ち人工股関節登場」と言う記事が載っていました

私は股関節ではないのですが大腿骨骨頭壊死にもと書いてあります

人工関節を入れるとゆるみが生じ 10年から20年で再手術が必要となる大きな弱点があった。 今春、生体になじみやすい素材を使うことでこの課題を克服し、長寿命の人口股関節が厚生労働省の認知をうけた。

10月以降に発売されると予定で、患者の負軽減やQOL向上につながりそうだ

と書いてあります

私の場合は大腿骨壊死の可能性を残しています

2年間の経過観察と言うことですが 経過観察に違う項目ができて整形の受診どころではなくなりました

最後に受診したとき半年後に来てくださいと言われましたが来診したとしてもレントゲンを撮って異常がなければそれで終わり

日常生活のことを訊いても曖昧に答える先生です

こうしたからこうなる こうしなかったからこうなってしまうと言う曖昧な答えしかないようなのは確かですが・・・・・

骨の観察は骨シンチもMRIもしているので何か異常があればそちらで発見されます

今年初めには徐々に筋肉を鍛えて また山を歩くと言う目標に向おうと思っていたのですが 痛くなくなった患部(折ったところ)が肺がんで入院生活後また痛みがでる

普通の生活はできるが山を歩くと言うことはもうできんかなぁと思ったのです

この記事を読んでもしも何かあってもこれや!

今度何かあったらこれや!

なんて思ったら そうややっぱ山は歩けるなんて思いました

おとなしく日常生活を過ごしたとしても筋肉が萎えて骨頭は壊死するかも

まぁ~筋肉を鍛えてできることをした方が私らしい生きかたやと思う

そんな私にとってはめっちゃ朗報なニュースです

明日は友とバスに乗って淡路島です

さぁ~~あっちこっち痛いのですがどうなることやら?

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やっぱ好きやなぁ

昨日は3ヶ月ぶりで整形外科の受診日でした

「わらわらさん」と先生に呼ばれて診察室へ

カルテから目を離して私の顔を

「あ~^^どうですか?」

顔見て思い出してくれたようです

やっぱ好きやなぁこの先生

1日50人以上の診察をして 次から次へと骨折の手術をして

一人一人の患者を覚えているはずがありません

医者は顔を覚えるではなくカルテでその患者を覚えるって言うじゃありませんか

ちゃうんだなぁ 顔で覚えてくれてるんだぁな

この感覚 やっぱ好きやなぁ

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骨折の方は 骨はしっかり出来上がっているそうです

8cmのボルト(太さは5mm.位かなぁ)2本入っているのです

もうそのボルトがなくとも骨はついているのでしょう

でもその回りは壊死している箇所が発生しているらしいです

それはMRIでないと写らないそうです

来月のその範囲を見ます

これだけ歩けていることは壊死の範囲もOKだと思います

その壊死した組織がきちんと元に戻るのが2年かかるのかなぁ?

完治は2年ですと言われるので

来月MRIの結果がよければ1年後に受診すればいいそうです

ボルトは基本的に取りませんと何回も言われます

山仲間が1ヶ月くらい前に定例の山で滑って足首をおりました

1週間くらい前に退院して昨日初めてのリハビリに来ていました

3日にギブスを取ったそうです でも足はパンパンに腫れていました

でも痛くないそうです

すっぱと折れたそうです 

針金を八の字曲げて骨を繋いだらしいです

私のように真っ直ぐなボルトでないのです

私の場合はボルトの両端がフックのように曲がっていてそれをひっかっける

八の字曲げた針金は取らないといけなそうです

半年後だそうです

やっぱ半年で骨は治るのですね

「針金だから一本にして引っ張り出したらいいのとちゃうん」って私が質問したら

そういう方法もあるそうです

彼女はただ今松葉杖での生活です 悪い足は3分1体重をかけていいそうです

同室だった椎間板の圧迫骨折をした友も(70歳位の方です)

入院中は起き上がるのも一苦労 食事をするのに座っているのも一苦労

トイレはポータブルに移動勿論それも一苦労

治療は自然治癒です

1ヵ月半位入院 杖で何とか移動できるようになって退院

ずっとリハビリにも一緒に通っていました

昨日も受診を一緒に

今では杖なしでも歩けます

6ヶ月やっぱ骨は出来上がるのです

人間の体ってすごいなぁと思ってしまいました

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一つ卒業

昨日は1ヶ月ぶりくらいで整形の受診

レントゲンを見ることが目的

骨を折って何回放射線を浴びたかなぁ・・・・・・

整形の待ち時間は長い

先にリハビリに行く

「大丈夫ですか?」「大丈夫です」

「痛くないですか?」「痛いです」

とリハビリが始まる

先生の骨の調整(ストレッチをしながら足をいろいろな角度に)

これは相変らず気持がいい

最後に腿の太さを比べて「右はまだ細いですね」

(これを鍛えたいと私は密かに思う 重りを多くしてトレーニングするとつくらしい)

めずらしくメジャーを出してきました先生

計ったのはふくらはぎ 33センチ両方同じ

「よく動いていますね」「はいよく動いています」

「家の階段を交互に上りたいのですがいけないのでしょうか?」(それをすると痛さがある今は左足先に出して右足を一旦揃えてまた左足を出す 下りは反対の右足からだし・・それがまどろっこしい私)

「低い階段なら大丈夫でしょう 20センチ段差があるとしない方がいいでしょうね 階段はなるべく使わない方がいいでしょう」

(さぁ~~それはないで~~階段上り下りするの好きなんだけど・・・・・・・)

「MRIは撮ると言ってましたか?」「いえ今日はレントゲンだけですが・・・・」

リハビリの先生 脚の中味が気になったかなぁ

整形の受診待つこと1時間半 時間は12時半

友が一緒だったのでにぎやかにおしゃべりしていたのですが

私は39番この後ろに50番台の番号を持つ人も

「骨はできていますね この白くなっている所が骨ができてきてるところです」

「はい」(レントゲンで見る限り骨には異常がないようです)

「杖はもうついてませんか?」

「はい長い距離の時に持って行きますが・・」

「買い物も行ってますか?」「はい」

その後脚の力を見てくれて「問題ないですね」

「東京に行ってもいいでしょうかねぇ?」(尋ねるつもりはなかったが・・・)

「いいですよ 片足で立って見て下さい」(これは私自信ありますフフ)

「はいでは今度は左足 次は右足・・・」(交互で?・・・・大丈夫だった)

「わらわらさんだったら大丈夫です 長い階段の下りは使わない方がいいですよ」

(階段だよ・・・使わないようにって あっでも危険だからかもしれない・・・まぁエスカレーターやエレベターを使うことにしよう)

「リハビリはまだ続けますか?」私

「今来ているのですか?」(こんなもんだよ先生は)

「家でのトレーニングのやり方をおそわったらそれでいいでしょう リハビリの先生に言っておきます」

リハビリも来週行ったらおしましです(これは寂しいです)

「あっMRIを受けないのですか?リハビリの先生が聞いていました」

「MRIはボルトの箇所が空洞状態でもう少し固まらないと写らないのですよ」

(そのボルト箇所が痛いのですよね ダメージがあるのでしょうね)

この次の受診は3ヵ月後です

見放され状態

どう過ごすかなぁ???

一つ卒業 2年後に向って歩き始めるぞ!

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発見したこと

入院シリーズ最終回です

昨年の今頃だったと思います

手に湿疹が・・・何だろう?

いつものようにまぁそのうち治るだろうと・・・・

8月に入り孫たちがやってくることに「水虫」だったら困るなぁ

と医者に「主婦湿疹ですな!ヘルパーそりゃぁ治りませんなぁ」いやな医者だった

入院する時も手に湿疹はありました

看護師さんに「何かねぇ?」言われたら「主婦湿疹です」

冬になって湿疹は少なくなっていたが・・・病室は温かい手術まで1週間手にボツボツと

寝ている間抗生物質の点滴があったかなぁ(主婦湿疹と判断された時抗生物質飲み薬もらった飲まなかったけどこれって湿疹に有効かもって寝ながら思った)

で~~もどんどんひどくなりました・・・・・足の裏にも牽引している右足を固定している所にも

「手術が終わったら皮膚科診察していいですか?」と整形の医師に尋ねる(この病院は担当医師が認めたら他の科を受診できます)「いいですよ」と答えてくれました

手術後2日目 車椅子に載って皮膚科受診

「すごいですねぇ」「主婦湿疹と言われたのですが・・・・」

「nnnnnn・・・胸が痛くなったことがありませんか?」「胸・・・・あります」

胸の痛みが始まったのは昨年の12月

風邪? 気管支炎? 肋骨にひび?

1度だけ内科を受診しました「風邪かなぁ・・」風邪薬と解熱剤(微熱が出る)痛み止めを処方してくれて よっぽどでないと医者に行かないしよっぽどでないと薬は飲まない

その痛み止めだけがなくなった・・・・・・

手術検査で胸のレントゲン撮りました(結果は何もなし ほら気管支炎でも骨が折れたのでもなかったと一人胸の中で安堵したりして)

「これは主婦湿疹ではありませんね掌蹠膿疱症というものだと思います胸の痛みはその中の1割位の人が訴えるその1割にはいりましたなぁ」

そうです胸の痛みの原因がわかったのですでもその掌蹠膿疱症って何?

「ほら芸能人が騒いだ病気ですよ」って言われても「??????」

「金属が原因の場合があります 歯の治療とか?足にいれたボルトってこともありますがその前ですからですね金属アレルギーの検査しますか?」

って言われてものね・・・・そうだったらどうなるんだろう?

「しますか?」「はい」

18枚?のパッチを貼られて 3日間だったかなぁ ドキドキしながら過ごしました

全部はがして反応を見る

「なにもでませんね よかったですと言うか・・・これで出たら歯の治療 手術ボルトどう対処しようか思っていたのです 歯槽膿漏とか扁桃腺炎とかもないですね・・・・原因はわからないですね 原因がわからないと言う場合は自然界の何かが反応しているのですが自然に治癒していくことも多いです 塗る薬はビタミンDの薬が有効と言うことは認証されていますが後は何もありません 塗り薬を出しておきます」

「胸の痛みは?」「痛みが我慢できない場合は痛み止めそれでも駄目な場合はステロイド剤・・・でもそういう薬使うと後が大変です」なんて説明してくれました

その時は胸の痛みはがまんできる程度って言うか足の方の痛みが強すぎてね

骨折入院すことがなかったら掌蹠膿疱症 発見されることはなかったでしょう

退院して胸・肩・腕・腰と痛みがねぇ(ここが痛みがでますと説明(ネット)されている箇所ほとんど)これは困った・・・・

この間整形の受診の時先生に相談(掌蹠膿疱症)のことで整形の医師には入院中は相談しませんでした看護師さんには痛みがあると手の湿疹のことも尋ねてくれていたし車椅子。松葉杖手のひらの皮が剥けたりしていたのでね)

「掌蹠膿疱症で胸が痛むのですが・・・・・?」

「関節炎になるのですがその病気には対症療法はないです痛み止めを飲むくらいですね」

「骨が変形すると言うことは?」

「変形しますがまた元に戻ります私が見た患者さんの中にはそれ以上ひどくなった人はいませんでしたあ~~一人だけ腰の骨がとけたという症状が出た人がいたかなぁ 今は結構メジャーな病気になりましたよ」

「痛み止めはがまんできない痛みだったら飲むのですね」

「まぁそれほど我慢する必要はないでしょう○○(痛み止め名前忘れました)は胃も荒らさないし毒薬じゃないですから^^」

入院した時から整形の主治医先生とは私が相性がよかった

話し方・考え方 これは前に書いたかなぁ

退院間近か主人が病室を訪れた帰り詰め所にいる先生とバッタリ会いました

主人は「ありがとございました」と挨拶をしていました

帰った後そこにいる私に「本当にあ~言ってくれると嬉しいです本当に嬉しいです」と嬉しそうな顔して言ってくれて

患者を一人治すって言うことに一生懸命だなぁって感じました私好きだなぁこんな先生(患者さん多いですから言ったことを忘れる・違うなんてこともいっぱいありましたでも一生懸命なのです)

ってそんな先生に痛み止めを処方してもらってまだ2回しか飲んでません

この夏日の陽気に治っていた手の湿疹ができ始めたかなぁ

今は知ってますよ掌蹠膿疱症です

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リハビリ

火曜日は週1回のリハビリの日

診察日は5月18日までありません

診察といってもレントゲンが主ですレントゲンを撮ることで骨の異常があるかないか・・

リハビリは筋肉の強化

手術をした翌日からリハビリは始まりました

「今日はベット上でリハビリします」ってムーミンのような先生がやってきました

「足を上げて下さい」仰向けに寝たまま折った脚を上にあげるのですが・・・うんとすんとも持ち上がりません「だめです」(これ医師にも看護師さんにも言われたが・・・だめ)ベットから車椅子に移る時ベットに腰掛けますそのときもズボンの布を持って手で持ち上げて動かします足が持ち上がるようになったのは2~3日してからだったと思います

ムーミン先生は脚をほぐしてくれます手術した箇所は傷口も腫れているのは勿論ですが中の筋肉も腫れています痛いからと動かさないとそのまま固まっていってしまうものらしいです

大丈夫です先生はちゃんと痛くないように筋肉をほぐしていきます

不思議ですただ手をそこにあてがうだけでも傷は癒されていきます

2日目から車椅子移動が始まります健康な脚(私の場合左足)で立ちクルット回転して車椅子に座ります後は手で運転です結構細かく回転してくれます車椅子が入る場所があれば回転することは可能です(狭いエレベータでも)先生にコツを教えてもらい車椅子の操作は実に楽しかったです元気になったら車椅子バスケットに挑戦してみたいなぁと夢がアスリート?血が騒ぎました

術後4週間は折った足に体重を載せることを禁止医師は「ここは一番重要な日ですから」きき脚ですからちょっとした瞬間ついたらどないすんねん・・・と心配しましたが無事通過したようです

車椅子を一人で乗れるようになった3日目からはリハビリ室にてリハビリが始まりました

1週間過ぎレントゲンに骨に異常なしとなると筋肉が落ちないようにと運動が始まりましたその頃には脚を何とか脚の力で動かすことができるように(とはいっても靴下がはけなかったです)左足も衰えていけないと重りつきで筋トレですムーミン先生の魔法の手から力も毎日もらって日増しに脚は動くようになっていきますちょっと私も努力しました洗面をする時は車椅子から立ち上がっていつも左足に体重をかけて左足鍛えてました(頑張れ~左足ありがとう=左足に感謝の気持ちも忘れなかった)

もう一人リハビリの助っ人が現れました

看護師研修に来ている学生さん4週間私と一緒に学んでくれたのですが私の足が早く治るようにと運動を組んでくれたり風呂の移動を(風呂は2週目に抜糸ができてから入ることが)車椅子で入り口に入り込んで脱衣所から風呂まですべて椅子を使って移動しますケンケンで移動しようとしたら「こら」って怒られます^^;)

術後4週間車椅子生活と言うのはけっこう長いことです(後は元気ですから)医師からも「退屈でしょうががまんがまん」と声をかけられました

その期間に学生さんが助けてくれたことは体のリハビリ・心のリハビリにもなりました

彼女は来年立派な看護師さんになるでしょう

リハビリ室でいろいろな人のリハビリを見るのも楽しかったです

「歩きましょうか」と言うリハビリの先生の声かけに「わたしゃしんどいからいやだ・・・」「ではこちらからこちらへ歩きましょうか」とリハビリの先生はなんとか歩かせようの声をかけますが・・・・・「はよう家に帰りたいなぁ」「じゃぁ歩けるようにならないと」「いいがなぁ車椅子で」婆ちゃんの方がかなりうわて^^;

可愛い坊やもいましたどこが悪いのかわかりませんがいつもお母さんと一緒に来てリハビリの先生はその悪い所をリハビリしようともっていくのですが・・・本人が元気な手で足で^^そりゃぁそうですよね痛い方を使うわけがない・・・でもそれじゃ困るのですそこがリハビリの先生の手に

2~3週間目になると筋トレのセットを自分ですると言う時間が運動しながら目は暇ずっと回りを見ていました

4週間目が無事過ぎ右足を地着けていい日が・・・・・体重の3分2だけ加重をかけていい3分2ってどないすると思います?3分2の加重が15キロとします平行バーで手で支えながら右足の下に体重計を置きますそれが15キロ その手の感覚足の感覚を頭に覚えるのです

平行バーの代わりに松葉杖ほら感覚を思い出していざスタート!

松葉杖を扱うのはリズム感だそうです左足を出して松葉杖で支えて右足を出す1・2・1・2ってリズミカルに歩く「うまいです」って言われましたヽ(^o^)丿「館内松葉杖で歩いていいです」と許可リハビリの先生の許可がおりないと松葉杖で歩くことはできないのです一発合格!これは看護師さんにもめっちゃ誉められました

いい加減ですから加重3分2の感覚覚えてわけがありません^^;1週間してレントゲンを撮るまで骨大丈夫か・・・て心配。。。はするが一向お構いなく無頓着に歩くのが私の性格

無事通過今度は2分1 いいですか両足で踏ん張って松葉杖なしに自力で立つことができるのですこれができた時はとっても嬉しかったです洗面をするときもう片足でなくっていいのですよ腰に手をそえ二本の足で踏ん張りあの歯磨きポーズ?で歯磨きができるのですそりゃぁ勿論その日から毎日歯磨きポーズしました

1週間経って今度は3分2 これほとんどでしょうって勝ってに私思いましたでもねぇ医師に言われました「全然かけてませんねもっとゆっくり体重かけて歩いて下さい」そうなんです私もともと早歩きなのですめっちゃ早歩きで有名なのですでねぇ~~足が悪くってもその癖はぬけない・・・・・・でもかけましたゆっくり体重をこの間2週間

2週間過ぎ全体重になって杖(山の杖)でうまく歩けたら退院

「全体重になったら杖でいいですよね」と「いや松葉杖でしなさい退院のときは松葉杖持って帰ってください」と医師・・・・・リハビリの先生も看護師さんもみな杖で退院と思っていたそしてそれで大丈夫だと・・・・だのにだのに・・・・リハビリの先生も看護士さんもこっそり言ってくれました私も駄目押しもう一度言いました「あの杖でいいですよね」と杖を指差し「いいですよ」いとも簡単に許可がでたヽ(^o^)丿

全体重何ができるって右足だけで立つことができます

筋トレのおかげですストップウォッチをもつ先生の指を押すことなく片足でずっと立っていられました

リハビリのムーミン先生はムーミンのような笑顔でいつも見守ってくれます

このリハビリと言うのシステムがなかったら私の足は元に戻ることはなかったことでしょう2本の足で歩くと言うことはできなかったでしょう

「筋トレは続けて無理はしないで気をつけてください」と言われ無事退院してわが家へ

筋トレはサボることはあるし・・・これって重たい?階段はカワルガワル足で登っていい?杖って邪魔だよね・・・・数々????

大事にしすぎても回復は遅いと思いますそれに家事をしながら助けがいないことも助けを呼ぶほどのことでもないし・・・・できれば自分でしたいしなぁ・・・と思う私

日々????日です

火曜日週1回のリハビリムーミン先生に会うとホッとします魔法の手も健在です

セットされた筋トレは卒業しました昨日は魔法の手と力比べです

脚を立てに横に曲げて伸ばして先生の手がそれを阻止します

筋力はまだまだつけないといけないでしょう

ムーミン先生の笑顔と魔法の手も

来週の火曜日が待ち遠しいです

Ca3jkjeq

この子たち病院でずっとお世話になった車椅子と松葉杖です

私は歩くことができるようになりましたが車椅子で生活している人・杖を使って歩いている人への理解は前よりできるようになったと思います

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仲間

新しい仲間ができました

入院仲間です^^

最初の3日間は部屋があいてなくって2人部屋に

寝たきりだったのですがお隣さんとは会話しましたよ

40代くらいの方かなぁ

子宮筋腫を取るために(ここの病室は整形外科と婦人科が一緒です)

彼女はとっても恐がりで開腹手術いやだったそうですネットで調べたらこの病院は開腹をしなくとも筋腫が取れる彼女から聞いた話なので間違いがあると思うのですが小さな穴をあけて薬を筋腫に流し込むで~~筋腫を腐らせるで~腐ったのものが下から出てくるそれがとっても痛いそうです看護士さん曰く手術の方が痛くないと言っていたとか失敗だったかなぁと彼女言っていました

その彼女が退院の日に私も4人部屋があいてベットごと移動してくれました

私のお隣はご老人の方でしたが気分が悪くなって吐いた中から菌がでて回復室へその後下の日記に書いたおばあちゃんが入院してきました

彼女は89歳私と同じ大腿頸部骨折 でも11月に手術をしてそこがつかなかったため再度やってきましたまた切り開いて人工こっぱん?を入れ替えました彼女の手術から退院まで私はずっと見守ったのです

入院してすぐ彼女血液をサラサラするために点滴とおしっこの管を入れられて・・・・・・がナースコールを鳴らし「おしっこ」って呼ぶのです隣で「おしっこは管です」って何回教えたかその時は彼女の顔もまだ知らずにすごいばあちゃんだと想像したのです

私手術までなにしろベット上・・・仕切りするカーテンがいつも閉じられていて同室の人の声しかわからない状態で・・面会に来た人と話をするのですがその声がダンボかした私の耳に入ってくる でねぇ~~同室の人を想像するこれが結構頭の運動になる

私手術の次の日に起きられたと同時カーテンをすべてあけた^^

同室の人のカーテンも少しずつ開けていきました

456号室の仲間ができました

前の方は椎間板圧迫骨折・・・・ただただ安静起きても痛し寝ても痛し・・・ポータブルトイレ移動以外は動いてはいけない・・入院して2週間目くらいにコルセットが出来上がってきてそりゃぁどんなに待ち望んだかそのコルセットしたら絶対未来は開けるってみんなで思った・・・歩行器を使ってちょっと移動は可能になりました圧迫骨折が固まるのが3ヶ月くらいかかるそうです折れたところが調度神経に触れていたのですが・・・固まるのを待って痛みがなくなればよし。。。。なくならなかったらまた考える・・・・リハビリをしながら杖を使って歩けるように訓練します彼女は努力家でいつも頑張って練習していました

ま~~だ無理ではと思ったのですが私より2週間くらい先に退院しました歳は70歳って言っていたかなぁ私にとってもいい相棒になりました(失礼かなぁ・・・)

その方の隣の方は最初は頚椎のヘルニアで手が痺れるとけん引を1日3時間していたかなぁ2週間したのですがちっとも変わらないけん引は2週間と決められているようです後は1日20分のリハビリそれなら歩いて数分の家から通いますって退院しました

その後にすぐやってきた方はブドウ球菌とか言うもが脚の膝から入って熱はでるし脚は腫れるし・・・抗生物質をずっと点滴していました1週間くらい退院の予定だったのですが治ったかなぁと思ったら突然高熱が出始めて3週間いましたその高熱の原因はわからず・・楽しかったからね病室がで~~長くなったって

その次にそのベットに入ってきた方は気の弱いおばあちゃんその見舞いに来た人が息子の同級生のお母さんメガネをはずして本を読んでいる私は数十センチ先が見えない・・その人がお菓子を分けにきてくれて「眼鏡をしていたら私の友達にそっくり」ってひとり言私眼鏡をかけました「そっくりじゃなくってその友達です私」楽しい出会いでしたそのばあちゃんがその人のお母さん気の弱くってきいつかいやさんのところがそっくり!ばあちゃんは腰の骨が折れているかと思ったがMRIで折れてない・・てことは速攻退院してくださいって医者に言われてました退院す日は大雪「息子の迎えは遅くなるよねこういうところは10時まででないといけないよね」「旅館じゃあるまいし・・・そんなことないよ」と私「うまい事言うねぇってそうやって私を励ましてくれて嬉しかったですよ」って言っていました

さぁしんがりに残った隣りのばあちゃんいたずらは超一流だが可愛さも一流私ナースコールばあちゃんの為にに付いている?点滴。。点滴を外すんですそのたびに点滴からピーと警告音が鳴るするとばあちゃん「お隣さん」って呼ぶ

ばあちゃんは手すりを持って歩ければよし!2月末に退院別れの時は決して顔を見なかった娘さんに車椅子押されながら大粒の涙浮かべていました

その前に撮った写真

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声だけ聞いている時は小太りの図々しい婆さんかと思ったのですが品のいい細いおばあちゃんコーヒーが大好きで昔ブイブイ神戸で遊んでいたようです今でもいい男が大好きで先生に向って「全くいい男だあんたはこれやるから」ってリハビリの先生には「喫茶店行こうよ」って愛嬌あるばあちゃんなのです

その後にめずらしく婦人科の手術のご婦人が隣りに子宮が下がってきてしまっているというのでとってしまうといってました開腹ではないので1週間で退院その方が出た直前

ばあちゃんは戻ってきましたま~~だ隣のベット掃除もしていないのに・・・・・・「あそこにいく」と言って戻ってきました

「ばあちゃん私は後1週間位しかいないからね」と土日たびに外泊「あんた何処に行くの?」「ちょっと家に帰ってくる明日には戻ってくるから」と言ったのに大泣きされて・・・退院の日はどうしよう・・・と黙って行くのがいいよとリハビリの先生にアドバイスされたが気配察した迎えに来た父ちゃんの声も大きかった閉めていたカーテンがあいた「どこへ行くの」「ごめんね退院なんだよでもリハビリに来るから遊びに来る」ばあちゃん大人だった思いっきり笑顔浮かべて「よかったね」って言ってくれました

この仲間たちは忘れられない人たちです

そして前のベットいた相棒さんは友達になりました

今日もリハビリは私の車に同乗しておばあちゃんにも会ってきました

調度昼時ばあちゃんたちはカレーライス美味しそう「あんた私につけで頼んでおいでよ」とばあちゃん

その後は相棒さんと

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お花見行って来ました相棒さんま~~だ階段を下って行くのは無理なよう・・・・・

昼食に寄ったうどんやさんでは杖の二人連れ「お座敷で」「無理です!」

相棒さんずっと私の友になることでしょう

受診結果 すべて順調です^^

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もつべきものは

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お嫁さんから退院祝いが届きました

父ちゃんの血の繋がった我が家族照れくさくってこんなことするものはなし

入院を息子の所に連絡したのは退院が決まった数週間前

お嫁さんに病院からハガキを書きました ドジなばあちゃんですと^^;

もつべきものは嫁ですね^^

娘には入院1日目ベットからメールを

「どないしたん?」と折り返し電話が入り「ワハハハ」と笑っておりました

とは言っても数日後「行くねぇ~」とメールが入り

「来ても何の世話もできない命に関わることじゃないからこなくっていい」と返信を打ちました

そりゃぁ2歳のかすみちゃんと10ヶ月くらいのかえるちゃんを連れてきたら私はオチオチ入院していられません

それから毎日写メールが届きました

Photo

傷は何故か夜中に痛くなる・・・・・携帯の保存箱から写真を見る

携帯の作業って痛みを緩和させるのです(多分それに集中するから)

自分のブログのアクセス先だけ携帯のお気に入りに入っていたのですよね

みなさんのコメントも何回見に行ったか

たくさんのメールも頂きました(おっと私もメールを打つのが上手になりました)

このメール夜中にまた読み直すこれまた楽しい

この突然のアクシデント

折ったのは夜だったのですが朝まで家で寝ていた(いや横になっていたに訂正)

9時に医者があくと同時父ちゃんの車に載せられ・・・・・

父ちゃん私を背負ったが脚が震えている・・・・落ちると恐怖を感じ

痛さをこらえて車へ座席には座れず・・・・

医者は「これは家で寝ていてもなおりゃぁしないねまずは手術!入院は2ヶ月はかかるだろう・・・病院に紹介書を書くからすぐこのまま行くように」

って言われたがあれもこれも必要だよなぁ。。。

「父ちゃんこれ取りに行って」と言ってみたが

私の足でその荷物は取りに行くことはできず・・・・・・

頼みは父ちゃん

父ちゃんに物を頼む時はその欲しいものが何処の何処にあると(色も書けと)

詳しくその欲しいもののことを父ちゃんにわかるように説明・・・・・

「それ違う!」・・・・・

で~~~も頼みは父ちゃん

病院にて手術まで1週間けん引ベットの上で上向きにずっと寝ている状態

看護士さんが言う「寝巻きはがっばと着る寝巻きみたいのがいいね」

そりゃぁ父ちゃん言っても無理だよ・・・・

もつべきものは友達だ!

「寝巻きこんなの買って来て」速攻きたね

「足りへん・・・・」速攻きたね^^

「わらわらさんのところはいつもにぎやかだね」看護士さんに同室の人にも言われるほど

友はいつも来てくれました

いつもの遊び友達・職場の友達・近所の友達・山の友達。。。。。

お見舞いって言う感じじゃなく話しに来てくれる

大好き本もいっぱい持ってきてくれました

ちょっと不思議なお見舞い人

家リフォーム中だったじゃないですか・・・急きょ中止!

リフォーム会社の所長さんがいっぱいお菓子を持って数回やってきました

打ち合わせもあったのですが

ホント入院しているのかなぁと錯覚に私

ベットの隣のおばあちゃんが

「あんたの所に来る人はみな金持ちだね美味しいもの持ってくる」とご満悦でした

父ちゃんも会社終わってからダイエーで買い物して

野菜ジュース・切り売りしている果物・ジャコの佃煮。。。そりゃぁ楽しみでした

キムチを買って持ってきたときは吃驚したが・・・・・・

これまた隣のばあちゃん「あんたのことが可愛くってしかたないだろうねいいお父さんだねぇ」とお父さん・・・・だんなじゃなくって私を娘だと思っていたようです・・・・

ついでに友は叔母さん・・・ちょっと若い友はお姉さん(私は末っ子ですとばあちゃんに話しいたので)ばあちゃんボケちゃいないのですよ目が悪い・・・・・このばあちゃん涙を溜めて2月末に退院していったのに3月16日頃戻ってきました「わらわらさんの隣がいいと」ま~だ入院しています・・・・・

この突然の入院騒動は私にいっぱい幸せを残していきました

一番に心温かな人たちが私のそばにいたことをとっても幸せに思うのです^^

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退院報告

やっと本日退院致しました

あっと思ったら入院でしたが結構おもしろおかしく

そして楽しく入院生活を送って参りました

まぁその詳細についてはまた語らせて頂きます

2ヶ月間溜まった事があちらこちらに散らばっています

ま~~~ずはそれを片付けてから

あ~~~残念ながら仕事と山歩きは2年間禁止命令が医者から出ております

コメントを下さったみなさんありがとうございます

また落ち着いたら遊びに行きますね

no-o-miさんへ

病院ではお世話になりましたおかげ様で無事退院致しました

PCへメールでもくだされば嬉しいです

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長期休暇

只今入院中です
ドジってしまいました大腿部頸部骨折です木曜日に手術です
脚引っ張ってベッドに釘付け状態です
2か月位かかるそうです
また復帰しますので忘れないでください

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